プロコピオス『戦史』
De Bellis / Histories of the Wars
6世紀のビザンツ帝国の歴史家プロコピオスが、皇帝ユスティニアヌス1世のもとで戦われた対ペルシア・対ヴァンダル・対ゴート戦争を記した『戦史』全8巻の日本語訳。 ギリシャ語原典と H.B. Dewing による英訳 (1914) を底本に、Claude Opus 4.7 が訳出。本文中の人名・地名・民族名はクリックで解説が表示される。
第1巻 ペルシア戦争 I
全26章
ペロゼース–カバデース 1世期からニカの乱・「永遠の和約」まで
- 第1章 プロコピオス序文/弓兵論/ペルシア・ローマ関係前史 17節
- 第2章 アルカディオスの遺言/ヤズドゲルド1世の後見/バフラム5世とアナトリオスの講和 15節
- 第3章 ペロゼース1世とエフタル:使節エウセビオスの寓話/太陽礼拝の策略 22節
- 第4章 ペローゼースの戦死/エフタル王の壕の罠/カバデース即位 35節
- 第5章 カバデースの廃位/ブラセースの即位/忘却の牢とアルサケス2世の伝承 40節
- 第6章 カバデースの脱獄/エフタル王の娘との結婚/復位とセオセース・アデルグドゥンバデースの登用 19節
- 第7章 アナスタシオスの拒絶/アミダ包囲戦/聖者ヤコボスの奇蹟/陥落と8年の占領 35節
- 第8章 アナスタシオスの反撃/四将軍の遠征/アレオビンドスの敗走/ケレルのアルザネネ侵入 22節
- 第9章 アミダ買い戻し/グローネースを討つ農夫の計略/7年和約/カスピアの門への展開 25節
- 第10章 カスピアの門とアンバゾウケース/カバデースの奪取/ダラとテオドシオポリスの建設 19節
- 第11章 ユスティノス即位/カバデースのホスロー養子縁組要求/プロクロスの阻止/セオセース粛清 39節
- 第12章 イベリア反乱/グルゲネース亡命/シッタス・ベリサリウス・プロコピオス初登場 24節
- 第13章 ユスティニアヌス即位/ベリサリウス東方軍司令/ダラ会戦準備/アンドレアスの一騎打ち 39節
- 第14章 ダラの戦い (530年):書簡応酬/ベリサリウスの陣形/カディセノイ族の突進/不死者の敗北 55節
- 第15章 サタラの戦い (530):フロレンティオスの旗奪取/タザニ族服属/ファラギオン金鉱獲得/ナルセース兄弟の帰順 33節
- 第16章 ルフィノスとカバデースの外交:カスピアの門・ダラスをめぐる応酬 10節
- 第17章 アザレテース侵攻/チグリス・エウフラテス川の地理/オレステースとコマナの神殿/アラモウンダロスとアレタス 48節
- 第18章 カリニクムの戦い (531):ベリサリウスの抑制策/復活祭前の強行軍/サラセン部隊の敗走/アスカン戦死/アザレテースの「不名誉な勝利」 56節
- 第19章 紅海・アラビア・アクスムの地理:アイラス/イオタベー/椰子の林/ヒムヤルとアクスム/ナイル境界・ノバタイ/ピライ神殿破壊 37節
- 第20章 アクスム王カレブのヒムヤル征服とアブラハの簒奪/ユスティニアヌスの対サーサーン経済包囲外交 13節
- 第21章 カバデース死去・ホスロー1世即位/マルテュロポリス包囲とフン族逆情報工作・人質交換による和平への布石 28節
- 第22章 「永遠の和約」(532) — ルフィノス使節団の交渉・ニシビスでの危機・110ケンテーナリオン金とラジカ砦交換 19節
- 第23章 ホスロー1世への陰謀とサーサーン王家粛清/カバデース孫の亡命・忠臣メボデースの三脚台の死 29節
- 第24章 ニカの乱 (532) — テオドラ皇后「紫衣は経帷子」演説とベリサリウス・ムンドスによる鎮圧・3万人の犠牲 58節
- 第25章 カッパドキア人ヨアンネスの失脚 (541) — テオドラとアントニナの罠・エウセビオス殺害事件・アンティノオス幽閉 44節
- 第26章 Wars 第1巻終章:ベリサリウスのリビュア派遣・ペルシア使節の皮肉な祝辞・ダラス守備兵ヨアンネスの僭称王権と腸詰商人の包丁 12節
第2巻 ペルシア戦争 II
全30章
ホスロー1世のシリア侵攻・アンティオキア略奪 (540) からラジカ戦争初期まで
- 第1章 ホスロー、和約破棄を画策 (540) ──ストラタ係争・アラモウンダロスとアレタスの代理戦争・ユスティニアヌスへの罪状 15節
- 第2章 ゴート王ウィッティギスの偽装使節 ──リグリア聖職者二人がホスローに対ローマ参戦を懇請 15節
- 第3章 アルメニア反乱 (538/9) ──シュメオネースの遺領紛争・アカキオスの圧政・シッタス戦死・アルサケース家バッサケースのホスロー進言と「ペルシア参戦」の決定 57節
- 第4章 彗星と凶兆 / フン族のバルカン蹂躙 / ベリサリウスの凱旋 / ユスティニアヌスの最後通牒書簡 26節
- 第5章 ホスローのシリア侵攻 (540) ──エウフラテス川越え・ゼノビアの町通過・スラ城の計略陥落・捕虜 1.2 万人とカンディドス司教の運命の誓約 33節
- 第6章 ブーゼースの逃走 / ゲルマノスのアンティオキア急行 / ベロイア司教メガスのホスロー嘆願 ──「金 10 ケンテーナリオンで撤退」の合意 25節
- 第7章 ベロイア陥落・焼却 (540) ──アンティオキアの強硬論 (使節ユリアノス) でメガス交渉破綻・水なき砦のベロイア人解放・兵士の集団投降 37節
- 第8章 アンティオキア陥落 (540 年 6 月) ──ロープ破断による城壁崩壊・テオクティストス指揮官の逃走・住民虐殺・オロンテス川に身を投じる名門婦人 35節
- 第9章 ホスローの「偽善の演説」──アンティオキアでの「涙ながらの祈り」と聖堂の金銀略奪・大理石搬出・町への放火 18節
- 第10章 アンティオキア陥落の前兆と後始末 ──軍旗が西から東に反転・聖イウリアノス聖堂のみ残存・ホスロー和約 (金 5 千ポンド+年金 5 百ポンド) 24節
- 第11章 ホスローのアパメイア訪問 ──「真の十字架」の奇跡・宝の略奪と戦車競技で「緑党」の偽勝利・ペルシア兵串刺しの偽善 38節
- 第12章 カルキス略奪・エウフラテス渡河・エデッサ襲撃企図 ──アブガル王とアウグストゥスの逸話・キリスト書簡伝承・道に迷うホスローの顔の腫脹 34節
- 第13章 ホスローのカルラエ・コンスタンティナ通過とダラス包囲失敗 ──エデッサ住民の身代金募金・カバデース 1 世とバラドトス聖人の逸話・テオドロスの交差壕戦術 29節
- 第14章 「ホスローのアンティオキア」建設 ──アンティオキア住民の運命の三段階 (糸杉転倒・526 年大地震・540 年陥落) ・ベリサリウスのイタリアから帰京・541 年東方戦線への派遣 13節
- 第15章 ラジカの反乱 (541) ──将軍ペトロスとヨアンネース・ツィブスの専制圧政・ペトラ城建設と専売制度・ラジ人のホスロー懇願 35節
- 第16章 ベリサリウスのダラス会議 (541) ──ペルシア地への反攻決定とサラセン人の春分聖月 19節
- 第17章 ホスローのラジカ進撃 ──グーバゼース王の服属・ペトラ城のヨアンネース・ツィブス戦死とアニアベデース串刺し・地下道戦術による塔倒壊 28節
- 第18章 ニシビスをめぐる小競り合い ──ベリサリウスのダラス会議とペトロスの独断行動、ナベデースの伏兵戦術と塔上のソーセージ侮辱 26節
- 第19章 ベリサリウスのシサウラノン砦陥落 (541) ──アレタスのアッシリア略奪と裏切り・熱病による軍の壊滅・ニケータスの子ヨアンネースの撤退演説 49節
- 第20章 ホスローの第三次侵攻 (542) ──カンディドス司教の破滅・キリスト教徒サラセン人アンブロスがセルギオポリスを救う・パライスティネー進撃計画と、ベリサリウス急行参戦 28節
- 第21章 ベリサリウスの兵法演技 ──エウロポンでの「狩猟・装備不十分」演出でホスローを退却させる外交劇・カリニクム再略奪 34節
- 第22章 「ユスティニアヌスの疫病」(541–549) ──ペルシオン初発・アレクサンドレイア・ビュザンティオンへの拡散・プロコピオスの目撃証言と症状の精密記述 39節
- 第23章 ビュザンティオンの疫病 (542) ──毎日五千〜一万の死者・シュカイ塔屋上の遺体投棄・ユスティニアヌス自身の罹病・社会機能の停止 21節
- 第24章 ローマのペルサルメニア反攻 (542) ──アダルビガノンの聖火殿・ホスローの息子の反乱と疫病・諸将の連携崩壊と急進ペトロスの先発 21節
- 第25章 アングロンの戦い (542) ──ナベデースの伏兵戦術にローマ軍 3 万が大敗・ナルセース戦死・アドリオス戦死、武器・馬・装備を放棄しての潰走 35節
- 第26章 ホスローの第四次侵攻とエデッサ包囲 (544 上) ──「キリスト教徒の神への戦争」・人工の丘建設・ステパノス医師の懇願 46節
- 第27章 エデッサ攻防戦 (544) ──地下道戦術と煮え油の防戦・人工の丘の焼却・煮え油・全壁包囲攻撃の撃退と金 5 百ポンドでの和約 46節
- 第28章 「五年和約」(545) ──イウストス・ペラニオス死去・アレタスとアラモウンダロスの代理戦争 (息子をアプロディーテーへの犠牲)・ホスローのダラス陥落陰謀失敗 44節
- 第29章 ラジカ戦争始まる (548) ──パブリゾスのグーバゼース暗殺未遂・ダギスタイオスのペトラ包囲・コーカサスの民族学とパシス川地理 43節
- 第30章 Wars 第 2 巻終章:メルメロエースのペトラ救援とラジ人/ローマの抵抗 (548–549) ──通路防戦・砂袋による城壁仮復旧・テオドラ皇后死去 (548) とカッパドキア人ヨアンネス召還の予言成就 54節
第3巻 ヴァンダル戦争 I
全25章
ベリサリウスの北アフリカ遠征 (533) ・ヴァンダル王国攻略
- 第1章 Wars 第 3 巻冒頭 ──ローマ帝国東西分裂史と地理 (テオドシオス→アルカディオス・ホノリオス、ヘラクレスの柱からマイオティス湖まで、リビュアの位置と面積) 19節
- 第2章 ゴート系民族論 (ウィシゴート・ヴァンダロイ・ゲピデス) と 410 年アラリクのローマ略奪・ホノリオスの愚行・コンスタンティノス 3 世の僭称 40節
- 第3章 ヴァンダル族の北アフリカ侵入 (429) ──ゴディギスクロスの息子たち (ゴンタリス・ギゼリク) ・将軍アエティオスとボニパティウスの確執・ヒッポ・レギウス陥落 36節
- 第4章 鷲の影と未来の皇帝マルキアノス・ヴァンダル王ガイセリクの和約・ウァレンティニアノス 3 世の暗殺 (455)・アクィレイアのコウノトリの予兆 39節
- 第5章 ガイセリクのローマ略奪 (455)・カピトリヌス神殿略奪・ヴァンダル王国のリビュア統治体制・地中海全域への侵略 25節
- 第6章 468 年メルクリウム海戦──東ローマ皇帝レオン 1 世の対ヴァンダル大遠征の壊滅・バシリスコスの裏切り疑惑・将軍ヨアンネースの壮絶な死 27節
- 第7章 西ローマ皇帝マイオリノス (マヨリアヌス) の対ヴァンダル遠征計画・西ローマ最後の皇帝たち・東ローマのバシリスコスの僭称・ゼノンとガイセリクの「永遠の和約」(481)・ガイセリク死去 (477) 30節
- 第8章 ヴァンダル王ホノリク (フネリック) のキリスト教徒迫害・ガイセリクの孫グンダムンドス・トラサムンドスの治世・東ゴート王テオデリク大王の妹アマラフリダとの婚姻・トリポリスのカバオンのラクダ陣でヴァンダル軍撃退 29節
- 第9章 ヴァンダル王イルデリクの寛容な治世・530 年ゲリメルのクーデター・ユスティニアヌスのゲリメルへの最後通牒・ペルシア戦争終結後にベリサリオスへの遠征命令 26節
- 第10章 ユスティニアノス帝のヴァンダル遠征決定・カッパドキスのヨアンネースの反対演説・キリスト教夢告と皇帝の決意・トリポリスのプデンティオス・サルディニアのゴダス反乱 34節
- 第11章 ベリサリオスのヴァンダル遠征軍編成 (533)──歩兵 1 万・騎兵 5 千・フォエデラティ・将校団 25 人以上の詳細名簿・500 隻の船と 9 万船員・出発 31節
- 第12章 ベリサリオス遠征軍の出航 (533 年春)・総主教エピファニオスの祝福・プロコピオスの夢のお告げ・アビュドスでマッサゲタイ族の二人の酔っ払い殺人と串刺し処刑・ベリサリオスの正義演説 22節
- 第13章 ベリサリオス艦隊の航海──シゲイオン・マレア・タイナロン (カイノポリス)・メトーネー・カッパドキスのヨアンネースの腐ったパンで 500 兵死亡・ザキュントスからシケリア (アイトナ山近く) へ 24節
- 第14章 プロコピオスのシュラクサイでの偵察──ヴァンダル軍はサルディニア遠征中・ゲリメル不在の好機・カプト・ウァダ (浅瀬の頭、現チェビバ) 上陸 (533 年 8 月末) 17節
- 第15章 上陸方針の議論──アルケラオスの「カルタゴ直行論」とベリサリオスの「カプト・ウァダ上陸論」・水のない地で奇跡的に泉が湧く・533 年 9 月初頭の上陸 36節
- 第16章 ベリサリオスの兵士に対する規律演説 (果物略奪の罰)・最初の町シュッレクトスの無血占領 (ボリアデス) ・ユスティニアノスからヴァンダル大官への密書 15節
- 第17章 ベリサリオス軍のカルタゴ進撃 (533 年 9 月)──シュッレクトス・レプティス・ハドルメトゥム・グラッセを経由・ヴァンダル王アンマタスのイルデリク・エウアゲエス処刑・デキムムでの遭遇直前 17節
- 第18章 アド・デキムムの戦い (533 年 9 月 13 日) ──ヴァンダル王の三方向包囲計画・アンマタスの早すぎる単独進発による戦死・ヨアンネース・アルメニオスの追撃・ギバムンドスの 2,000 兵がペディオン・ハロンでフン族に壊滅 19節
- 第19章 アド・デキムムの戦い 続編──ベリサリオスの演説とフォエデラティ騎兵の派遣・丘の争奪戦でヴァンダル軍が一時優勢・ウリアリスの 800 兵逃走・ゲリメルが兄弟の屍骸を悼んで勝機を逸す・ベリサリオスの反撃・ヴァンダル軍ブッラ平原に敗走 33節
- 第20章 カルタゴ無血開城 (533 年 9 月 14 日)・ベリサリオスのゲリメル玉座着座・東方商人の処刑直前の解放・船員カロニュモスの略奪・舌噛み切りの罰 25節
- 第21章 ベリサリオスのカルタゴ入城・「デルフィクス」で前日ゲリメル用の食事を奪う・カルタゴ周壁修理・「ガンマ→ベータ」予言の的中・聖キュプリアノス祭の劇的奪回 25節
- 第22章 ガイセリク時代のヴァンダル使節と「人事の無常」の格言・ヴァンダル王国は神の罰として崩壊・ガイセリクのザキュントス島での 500 人虐殺の蛮行 18節
- 第23章 ゲリメルのリビュア農夫買収・副官ディオゲネースとの劇的な夜の脱出戦・ベリサリオスのカルタゴ周壁の急速修復 21節
- 第24章 サルディニアでツァゾンがゴダスを撃破・無知の勝利報告がカルタゴに届く・ヒスパニアの西ゴート王テウディスは慎重にヴァンダル同盟を回避・ヴァンダル使節ゴタイオス・フスキアスもローマに帰服 19節
- 第25章 ブッラ平原のゲリメル・北アフリカのベルベル人指導者の中立姿勢・ベリサリオスからの職位象徴授与・サルディニアからツァゾン軍の悲痛な帰還と兄弟との再会──第 3 巻の終わり 26節
第4巻 ヴァンダル戦争 II
全28章
トリカマルム会戦 (533/12) ・ゲリメル投降・北アフリカ駐留とマウルシオイ族戦争
- 第1章 ゲリメル軍のカルタゴ包囲・ヴァンダル側の謀略 (アリウス派ローマ兵・フン族マッサゲタイ族との密約)・ベリサリオスの予防措置 (ラウロス処刑・マッサゲタイ族への誓約) ・全軍演説 (トリカマルム会戦前) 25節
- 第2章 トリカマルム平原での両軍の対峙 (533 年 12 月) ・夜の槍先発火の予兆・ゲリメルとツァゾンの戦前演説 (ヴァンダル「最後の戦い」) 32節
- 第3章 トリカマルムの戦い (533 年 12 月中旬) ──ローマ軍 50 死・ヴァンダル軍 800 死・ツァゾン戦死・ゲリメル単騎逃走・ヴァンダル王国の 95 年蓄積富の押収 28節
- 第4章 戦後の規律崩壊・ヨアンネース・アルメニオスの誤射死 (ウリアリスの過失)・ゲリメルのパプア山籠城・ファラス指揮の包囲・忠臣ボニパティウスの王宝引き渡し 41節
- 第5章 戦後処理──サルディニア・コルシカ・マウレタニア・セプテム・バレアレス諸島・トリポリス再征服・シケリア・リリュバイオン砦をめぐる東ゴート王国との外交対立 25節
- 第6章 ファラスのパプア山攻略失敗 (110 兵死)・ヴァンダル vs マウルシオイ生活様式比較 (贅沢な絹文明 vs 剛健な遊牧)・ゲリメル降伏勧告書簡・有名な「竪琴・パン・海綿」要請 34節
- 第7章 パプア山籠城の悲惨 (蛆湧く子供たち・パン争いの逸話)・ゲリメルの降伏 (534 年 3 月) ・アクラスでの「節度なき笑い」・ガイセリクの曾孫と 5,000 騎で滅びるヴァンダル王国の運命 21節
- 第8章 ベリサリオスへの簒奪疑惑・マンドラキウムで二通目の中傷書状捕獲・マウルシオイ族の反乱 (「髭なし」の神託)・ソロモン北アフリカ総督任命・徴税官トリュフォン・エウストラティオスの苛政 25節
- 第9章 ベリサリオスのコンスタンティノープル凱旋式 (534) ──ティトゥス・トラヤヌス以来 600 年ぶり・ガイセリク略奪のエルサレム神殿宝の返還・「空の空」(コヘレト 1:2) を唱えるゲリメル・535 年執政官就任 16節
- 第10章 アイガン・ルフィノスの戦死 (534 年ビュザキウム)・マウルシオイ族 (Moors) の起源──ヨシュアに追われたフェニキア人がエジプト→北アフリカへ移住・ティギシス碑文「われわれは強盗ヨシュアから逃げた者」・ディドーとカルタゴ建設 29節
- 第11章 ソロモンとマウルシオイ族の書簡応酬・マンメスの戦い (534/535)──ラクダ円陣をソロモンが下馬戦術で粉砕・1 万人マウルシオイ族死亡・全女子奴隷化・凱旋 56節
- 第12章 ブルガオンの戦い (535) ──ソロモンの夜間奇襲・テオドロスの 1,000 兵が東側急峻部を登攀して頂を奪取・両側挟撃でマウルシオイ族 5 万人が谷で自滅・ローマ側 0 人死 30節
- 第13章 アルティアスとイアウダスの一騎打ち (両手利きの離れ業) ・ソロモンの第一次アウラシウム遠征の挫折 (マウルシオイ同盟者の裏切り疑惑・補給切れ)・サルディニアのバルバリキニ人 (ヴァンダル流刑のベルベル末裔) 45節
- 第14章 ベリサリオスのシケリア征服・「536 年の太陽暗化現象」(climate disaster)・カルタゴでの大反乱 (536 年復活祭日) ──土地問題とアリウス派排除・テオドロス殺害・ソロモンのシュラクサイ逃亡 42節
- 第15章 ストツァスのカルタゴ包囲・ベリサリオスの帰還とメンブレッサ会戦 (536 年バグラダス川) ──ローマ軍の追風利用で勝利・シケリア再行・ガゾフュラ虐殺──マルケルロス等ローマ将校 5 人がストツァスに集団降伏 59節
- 第16章 ゲルマノス (皇帝の従兄弟) の北アフリカ派遣 (536 年中頃) ・反乱兵の漸次的脱走と歓待・カルタゴ城外の演説 (「敵に脱走したい者は今公然と去れ」)・全軍がゲルマノスへの忠誠を誓う 25節
- 第17章 スカラエ・ウェテレース会戦 (537 年) ──荷車で囲った戦闘陣・服装・言語の同じローマ vs ローマ反乱兵の見分けが付かない混戦・「合言葉」テスト・ストツァスのマウレタニア逃亡・反乱の実質的鎮圧 35節
- 第18章 マクシミノスの陰謀 (538 年) ──テオドロスの近衛兵マクシミノスがカルタゴで僭称を企てる・アスクレピアデスの通報・ゲリマノスの巧妙な対応 (誓い登用 + 並行陰謀の継続を口実に処刑)・カルタゴ城壁での串刺し 18節
- 第19章 ソロモンの再任 (539 年治世 13 年目) ・北アフリカ統治復興・対イアウダス遠征──アウラシウム山地のマウルシオイ族遠征──アビガス川の水攻め・バボシス会戦・ゼルブーレ砦無血陥落・トウマル避難 32節
- 第20章 トウマル包囲・水欠乏・歩兵ゲゾンの単独突撃で戦局逆転・イアウダスの太股負傷・ゲミニアノスの岩での宝物押収・ザベ州 (マウレタニア・シティフェンシス) の編入・北アフリカの平穏 33節
- 第21章 セルギオスのレプティマグナでのレウアタイ族大使 80 人虐殺 (544) ──マウルシオイ族戦争の発端・アンタラスとの対立 (兄弟処刑への怒り) ・テベスタ会戦 (544 年カルラス) ・ソロモン戦死 28節
- 第22章 セルギオスのリビュア統治の悪政・アンタラスのユスティニアヌス宛書簡 (「セルギオスを召還して別の将軍を送れ」) ・若いソロモンの捕虜逃亡 (ラリブスでの医者ペガシオスの救出) 20節
- 第23章 ヨアンネース・シシニオロスの動員と書簡誤配・ヒメリオス指揮下のメネフェッセ会戦敗北・ハドルメトゥムの裏切り陥落・祭司パウロスの 80 兵漁船作戦による奪回・北アフリカの人口流失 32節
- 第24章 アレオビンドス・アルタバネスの北アフリカ赴任 (545)・シッカウェネリアの戦い──ヨアンネース・シシニオロスとストツァスの相討ち (双方の指導者死去) ・アルメニア人ヨアンネース戦死・セルギオスのイタリア転任 16節
- 第25章 ゴンタリスの陰謀 (546 年カルタゴ簒奪計画) ──マウルシオイ族 3 派 (アンタラス・クツィナス・イアウダス) の連合カルタゴ攻撃・料理人を使った密書外交・三重裏切りの錯綜 (ゴンタリス・アンタラス・クツィナス・アレオビンドス) 28節
- 第26章 ゴンタリスのカルタゴ簒奪 (546 年 3 月) ──門開放の陽動・アレオビンドス中傷・修道院避難・司教レパラトスの仲介で安全誓約・宴会後の暗殺・アナスタシオスは高齢で助命 33節
- 第27章 ゴンタリスのアレオビンドス首級送付 (アンタラスへの裏切り)・アンタラスのユスティニアヌス帰服・アルタバネスとグレゴリオス・アルタシレスのゴンタリス暗殺計画・ハドルメトゥム戦での意図的敗走 38節
- 第28章 ゴンタリス暗殺 (546 年 5 月、僭称 36 日目) ──宴会場での剣劇 (アルタシレスの腕の矢の切片の鎧)・北アフリカ奪還・ヨアンネース・パッポス兄弟の指揮・ソロモンの軍旗回収・ヴァンダル戦争 II の終末 52節
第5巻 ゴート戦争 I
全29章
ベリサリウスのシケリア・イタリア遠征 (535–537) ・テオダハド・ウィティギス・ローマ攻防戦
- 第1章 ゴート戦争 I 序文──オドアケルの 476 年西ローマ帝国終焉・テオデリクのイタリア侵攻 (488–493)・ラヴェンナ包囲とオドアケル暗殺・テオデリク 37 年間の治世・シュンマコス/ボエティオス処刑事件・「魚の頭の幻」と 526 年テオデリク死 39節
- 第2章 アタラリク即位 (526)・アマラスンタの摂政・ローマ風教育を巡るゴート貴族との対立・三人の名望ある反対派の遠隔地配置・アマラスンタの 400 ケンテナリオン金のエピダムノス避難計画 29節
- 第3章 テオダトス (テオデリクの甥) のトスカナ独占欲・ユスティニアヌスへの密書 (トスカナ譲渡)・アタラリク病臥・アマラスンタの危機・533 年使節アレクサンドロス・エフェソス司教ヒュパティオスの教義論争・ペトロス・パトリキウスの派遣 30節
- 第4章 テオダトスのトスカナ所領強奪・アタラリク死 (534/10) ・アマラスンタの愚かな誓約──テオダトス共治王任命・テオダトスの裏切り (アマラスンタのウォルシナ湖島幽閉と殺害) ・ユスティニアヌスのゴート戦争口実 31節
- 第5章 ベリサリオスの遠征編成 (535 年、治世 9 年目) ──イサウリア人 3,000・フォエデラティ・将校団リスト・「カルタゴ行き」の偽情報・シケリア占領 (カタナ・シュラクサイ・パノルモス檣上射撃陥落) ・執政官最終日のシュラクサイ凱旋 19節
- 第6章 シケリア陥落 (535) を恐れたテオダトスの最初の屈服協定 (300 リトラ金冠・3,000 兵供与) ・アルバノ密談・「プラトンの哲学者は人を殺すべきでない」演説・王位放棄密議 (12 ケンテナリオン年金) ・アタナシオス使節派遣 27節
- 第7章 ゴート軍ダルマティア再侵攻 (535)・マウリキオス・ムンドス父子戦死 (シビュッラ予言「Africa capta Mundus cum nato peribit」の成就) ・テオダトス使節監禁・コンスタンティアノスのサロネース奪回 (536) ・ゴート戦争一年目終結 37節
- 第8章 ベリサリオスのイタリア本土侵攻 (536) ──メッシーナ海峡渡海・テオダトスの娘婿エブリムース脱走・ネアポリス包囲・ステファノスの降伏論 vs パストール/アスクレピオドトスの抵抗論・水道切断 45節
- 第9章 テオダトスの臆病・ヘブライ予言者と豚小屋占いの逸話・ベリサリオスの水道トンネル発見 (イサウリア兵の偵察) ・ネアポリス陥落直前の降伏勧告 30節
- 第10章 ネアポリス陥落 (536 年 11 月) ──水道トンネルでのイサウリア人 400 兵潜入・オリーブの木と寡婦の家・北塔奪取・梯子による全軍登壁・ユダヤ人守備の頑強な抵抗・マッサゲタイ人の聖域略奪・ベリサリオス演説で略奪停止・パストール卒中死・アスクレピオドトス民衆に殺害 48節
- 第11章 ゴート貴族のテオダトス廃位とウィティギス選出 (536 年 11–12 月) ──レガタ集結・テオダトス殺害・ウィティギスのローマ退去演説 (フランクとの戦争優先) ・レウデリスの 4,000 兵でローマ守備・マタスンタ強制結婚 (テオデリク王系の継承) ・ガリアでフランクとの対立 29節
- 第12章 ガリア地理 (ロダノス川・ピュレーネ山脈・アルプス) ・ゲルマン諸族の歴史 (フランク・トゥリンギア・ブルグンディオイ・スエビ・アラマニ・アルボリュキオイ) ・テオデリクの婚姻外交 (アラリク 2 世・ヘルメネフリドゥス) ・507 年ヴーイエ戦争・カルカシアナのソロモン宝・ヒスパニアのテウディスの僭称 54節
- 第13章 テオデリク死後のガリア情勢──531–532 年フランク族のトゥリンギア・ブルグンディオイ滅亡・531 年アマラリク戦死・テオダトス→ウィティギス間のフランクとの戦略 (ガリア譲渡 + 20 ケンテナリオン) ・マルキアスのローマ召還 29節
- 第14章 ベリサリオスのローマ入城 (536 年 12 月 9 日) ──アシナリア門入城 vs ゴート人フラミニア門撤退の劇的な瞬間・60 年ぶりにローマ人が支配・アッピア街道の賞賛・水堀・胸壁改修 17節
- 第15章 サムニウムのピッツァス降伏・カラブリア/アプリア服従・ベネウェントゥス考 (ディオメデス神話・パッラディオン伝承)・イタリア地理民族誌 (アドリア・イオニア湾・南イタリアの諸民族・ダルマティアからガリアまで) 30節
- 第16章 ベリサリオスのティベリス川制圧・コンスタンティノスのトュッレニア遠征 (ナルニア・スポレティウム・ペルウシア占領)・ウィッティギスの反撃 (15 万の軍でローマへ・ダルマティアではサロネース包囲始まる) 21節
- 第17章 ベリサリオスの集中防衛戦略・コンスタンティノス/ベッサスのローマへの集結・ウィッティギスの進軍 (15 万のゴート軍がサビニ街道を経てローマへ・ティベリス川の橋の塔の放棄) 20節
- 第18章 ティベリス川橋の戦い (537 年 2 月) ──ベリサリオスの白額馬の伝説的奮戦・脱走兵の裏切り (「白馬を狙え!」)・1000 人のゴート人戦死・サラリア門への撤退・ウィサンドス・ウァンダラリオスの 13 の傷・ウァキスの『グライコイ』演説 43節
- 第19章 ローマ包囲の配置 (537 年 3 月) ──ゴート軍 7 陣営 (本陣 6 + ネロ平原)・水道破壊・ベリサリオスのヤニクルム丘船上水車工夫・浴場閉鎖・下水道はティベリス川に流れるので心配なし 29節
- 第20章 サムニの子供たちの予兆 (狼とウィッティギス役の死)・ローマ人の不満・元老院の批判・ウィッティギスの使節 (アルビス) の降伏要求・ベリサリオスの拒否 (「茨の下に頭を隠す日が来る」)・フィデリオスの揶揄 20節
- 第21章 ローマ攻城戦の機械論 (537 年春) ──ゴート軍の機械 (移動可能木塔・梯子・破城槌クリオス・薪束) vs ベリサリオスの機械 (バリスタ・オナグロス『野生のロバ』・ルポイ『狼』門上の落とし穴突起) 22節
- 第22章 ローマ攻城戦の第 18 日 ── ベリサリオスの先見の明 (雄牛を狙え!) でサラリア門の塔攻撃を阻止・ウィッティギスがウィウァリウムに転戦・アウレリアヌス門でハドリアヌス廟の彫像を破壊して石として投擲してゴート軍を撃退 25節
- 第23章 ローマ攻城戦の決戦 ── パンクラティアナ・フラミニア門は地形で守られ・『壊れた周壁』は使徒ペテロが守る・サラリア門のゴート人が射ち抜かれて木に磔・ウィウァリウムでキュプリアノス出撃・サラリア門でも反撃・3 万のゴート人戦死 27節
- 第24章 ベリサリオスの皇帝への書簡 (5,000 vs 15 万、増援要請)・ウァレリアノス/マルティノスのアイトリア越冬・ネアポリスのテウデリク・モザイク画像が崩壊する予兆・シビュッラ神託の解釈論 37節
- 第25章 ローマ住民の避難 (女子供をネアポリスへ)・ベリサリオスの夜の守備ローテーション・教皇シルウェリオス追放 (ゴート人との内通疑い)・元老院議員マクシモス追放・ヤヌス神殿の扉が秘密に開かれかける 25節
- 第26章 ウィッティギスのラヴェンナ元老院人質虐殺命令・ウェルゲンティノスとレパラトスのリグリア脱出・ゴート軍のポルトゥス占領 (537 年春)・ローマへの海路補給がオスティア/アンティウム経由に・人員不足の苦境 19節
- 第27章 援軍 1,600 騎到着 (フン・スクラヴェノイ・アンタイ)・ベリサリオスの三回の試験出撃 (トライアノス・ムンディラス・オイラス、各 200–300 騎)・4,000 のゴート人を弓で殺戮・戦術論 (騎馬射手 vs 突撃騎兵) 29節
- 第28章 ローマ軍の総攻撃要求・ベリサリオスの渋々の同意と激励演説・三方向の出撃準備 (ピンキアナ・サラリア門 vs パンクラティアナ門 vs ネロ平原のマルキアス軍)・歩兵プリンキピオス/タルムートゥスの誇り 29節
- 第29章 ローマ大会戦 (537 年 4 月) ── ウィッティギスの演説 (ヴァンダロイ人の運命) ・初め午前ローマ軍優勢 (3 勇士 アテノドロス・テオドリスコス・ゲオルギオス) ・正午過ぎ騎兵右翼突撃でローマ軍崩壊 ・プリンキピオスとタルムートゥスの最期 (40 人と共に・弟救援も二日後死) 50節
第6巻 ゴート戦争 II
全30章
ローマ包囲継続 (537–538) ・リミニ防衛戦・ナルセスとの不和・メディオラヌム陥落・ウィッティギス降伏 (540)
- 第1章 ローマ包囲第二段階 (537–538) ── 全軍戦闘から騎兵突撃戦へ・ベッサス三人槍突き・コンスタンティノスの剣闘士スタディオン落とし穴戦法・ローマ人歩兵とゴート人の穴での友愛・コルサマンティスの 70 人追跡と酔った独突撃の戦死 34節
- 第2章 エウタリオス財務官の給金到着 (538 年春)・ピンキアナ門 600 騎大出撃 (アルタシレス・ボカス・クティラス指揮)・武勇譚と外科治療 (クティラスの頭の槍・アルゼスの鼻矢・ボカスの腿切創) 38節
- 第3章 ローマ包囲下の飢饉・疫病 (538 年春)・ゴート軍がラティン-アッピア街道間水道橋に第七要塞 (7,000 人) 設置・ローマ人の決戦要求とベリサリオスの拒否演説 (「民衆は不合理。皇帝の大艦隊が来る」) 32節
- 第4章 プロコピオスのネアポリス派遣 (穀物調達)・マルティノス/トライアノスのタラキナ・マグノス/シンテュエスのティブル・ゴンタリスのアルバヌム配置・使徒パウロ聖堂とフン族陣営・ウェスウィオス山の轟き (538年) 30節
- 第5章 援軍到着 (538 年春・3,000 イサウロイ + 1,800 騎兵)・パウロス・コノン・ヨアンネス (ウィタリアノス甥)・アラティオス・ヘロディアノス・ベリサリオスのフラミニア門奇襲 (封鎖された門を夜間開封)・アクイリノス突撃・トライアノスの顔の矢 (5年後に外に出る) 27節
- 第6章 ゴート使節とベリサリオスの『イタリアは誰のものか』論争 (538年春) ── オドアケル/ゼノン/テウデリクの歴史・聖所敬意・イタリア法保存・シケリア譲与提案 vs ブリタンニア皮肉返し・カンパニアと貢物の拒絶・休戦と皇帝への使節決定 36節
- 第7章 イサウロイ艦隊到着とローマへの河川輸送・人質交換と休戦 (ゼノン vs ウリアリス)・イルディゲール到着・ポルトゥス/ケントゥムケッラエ/アルバヌム ビザンツ占領・ヨアンネスのピケヌム遠征命令・メディオラヌム司教ダティオスの援軍要請 37節
- 第8章 コンスタンティノス事件 (538 年)── スポレティウムでプレシディオスから短剣略奪 → ローマで返還訴訟 → ベリサリオスに短剣で襲撃 → 処刑 (ベリサリオスの唯一の不当な業) 18節
- 第9章 ウィッティギスの三つの陰謀失敗 ── 水道橋潜入夜襲 (ローソクで発覚)・昼食時奇襲 (イルディゲール防衛)・使徒ペテロ聖堂付近の警備員毒殺・二人組裏切りで密告 → ベリサリオスが二人の鼻耳を切ってロバに乗せて敵陣に送り返す 23節
- 第10章 ヨアンネスのピケヌム遠征 (ウリテオス戦死) → アリミヌム占領・マタスンタとの密通開始 ── ウィッティギスの撤退決定 (538年3月、包囲1年9日)・ティベリス橋逃走戦・イサウロイ人ロンギノス戦死 20節
- 第11章 ウィッティギスのラヴェンナ帰還と各要塞守備配置 (ペトラ・アウクシムム 4,000・カエセナ・モンテフェレトラ)・ベリサリオスのアリミヌム救援戦略・マルティノスとイルディゲールのペトラ岩塊攻略・ヨアンネスの命令反抗 (アンコン残留) 22節
- 第12章 ウィッティギスのアリミヌム包囲 (車輪付き木製攻城塔)・ヨアンネスの夜間塹壕掘りと反撃で塔焼失・ムンディラスのメディオラヌム遠征 (ゲヌア→ティキヌム勝利→フィデリオス戦死→メディオラヌム解放)・ウライアスとブルグンディオイ援軍 41節
- 第13章 ベリサリオスのトゥデラ・クルシウム占領 (夏 538 年)・ワキムスのアウクシムム合流とアンコン襲撃 (コノン失敗・ウリミウト/グンドゥラスの城壁救援)・宦官ナルセスのビュザンティオン出発と到着 (5,000 兵士 + 2,000 エルリ人:ウィサンドス・アルウィト・ファニテオス) 18節
- 第14章 エルリ族 (Eruli) 民族誌大脱線 ── 人間犠牲・老者火葬・寡婦自殺の慣習・ロドルフォス王のロンゴバルド戦敗北 (c. 510)・移住・アナスタシオス1世のローマ領入植・ユスティニアヌスのキリスト教化・オクスス王殺害 42節
- 第15章 エルリ族のトゥーレ島 (スカンジナビア) 大脱線 ── スクラヴェノイ・ダニを経て北上・白夜と極夜 (40日)・スクリティピノイ人 (サーミ) の狩猟採集生活・アレス神への人身御供・ガウト人 (Geats)・ダトイオス王と擁立失敗のスワルトゥアス事件 36節
- 第16章 ベリサリオスとナルセスのフィルムム合流 (538 年秋)・ヨアンネス批判会議・ナルセスの擁護演説・アリミヌム飢餓の手紙到着・三方向救援作戦立案 (アラティオスがアウクシムム監視、海軍経由イルディゲール総指揮、海岸マルティノス、内陸ベリサリオス・ナルセス) 24節
- 第17章 ウルウィサリアの山羊乳児の奇譚 (プロコピオス自身の目撃証言) ・山地でゴート人偵察と遭遇・ベリサリオスの旗を見たゴート人がラヴェンナへ夜逃げ・アリミヌム包囲解除 24節
- 第18章 アリミヌム解放後の指揮系統危機 ── イルディゲール vs ナルセス・ヨアンネスの恩義論争・ナルセス独立行動・ベリサリオスの作戦会議 (アウクシムム包囲案 vs ナルセス分割案)・皇帝の手紙 (ベリサリオス絶対指揮) とナルセスの曲解 29節
- 第19章 ペラニオスのウルビウェントゥス包囲とベリサリオスのウルビヌム攻略 (神意の泉枯渇で降伏)・ナルセスの撤退・ヨアンネスのカエセナ攻略失敗とフォロコルネリウス占領 22節
- 第20章 アウクシムム冬越し決定・ウルビウェントゥスの天然要塞包囲・538/539 年冬の大飢饉 (ピケヌム 5 万人餓死・トュッレニア人がドングリ粉でパン)・人肉食の女性二人・プロコピオス目撃の餓死者の様態 33節
- 第21章 メディオラヌムの陥落と虐殺 (539 年春) ── マルティノス遅延・パウロス使節・ナルセスの妨害・ムンディラスの絶望演説・降伏 → ゴート人による男 30 万人虐殺・女性奴隷化・レパラトス廷臣の犬への投擲・ウェルゲンティノスのダルマティア逃亡 42節
- 第22章 メディオラヌム陥落の余波・ナルセス召還・エルリ脱走・ウィッティギスのホスロー1世への秘密使節 (リグリアの司教偽装) ── 戦争 4 年目終わり (539 年春) 25節
- 第23章 アウクシムム包囲開始 (539 年春)・フィスラへキュプリアノス派遣・パドゥス線へマルティノスと大食漢のヨアンネス・ゴート守備隊の伏兵戦・プロコピオスの二喇叭提案 (騎兵 vs 歩兵の音色区別)・マウルシオイ人の死体強奪事件 39節
- 第24章 アウクシムム守備隊の偽装混乱で密使派遣 (新月の夜)・ウィッティギスへの『鍵の手紙』・フィスラとアウクシムムの飢餓・ウライアスのティキヌム派遣・パドゥス川 60 スタディオン対峙 24節
- 第25章 フランク人 10 万のイタリア侵入 (539 年) ── ゲルマノイ人がティキヌムでゴート人女性子供を川に生贄犠牲・ローマ人もゴート人も戦闘で敗北・赤痢で軍の 1/3 死亡・ベリサリオスのテウディベルトへの抗議書簡 24節
- 第26章 ベシ人警備員ブルケンティオスの裏切り (アウクシムム ⇆ ウィッティギス密書) ──スクラヴェノイ人によるゴート捕虜捕獲で発覚・ブルケンティオス焼殺 26節
- 第27章 アウクシムム貯水池破壊作戦 (5 人のイサウロイ石工の絶望戦)・ウニガストスの矢手受け (筋切断)・アルメニア人 7 人の武勇・フィスラ降伏 → ベリサリオスがアウクシムム協定降伏 (財産持参で皇帝へ) 34節
- 第28章 ラヴェンナ包囲開始 (539/540 冬)・パドゥス川の水位低下の奇跡・フランク使節とベリサリオス使節 (テオドシオス) の論争・ウィッティギスがベリサリオス支持・マタスンタの倉庫焼却・ウライアスのコッティウス・アルプス遠征とシシギス降伏 35節
- 第29章 ラヴェンナ陥落 (540 年 5 月) ── ドムニコス/マクシミノス使節のパドゥス川分割条約・ベリサリオス拒否・ゴート人の『西帝』擁立提案・ベリサリオスの偽装受諾の策略・ラヴェンナ無血占領・女性が夫に唾を吐く・ウィッティギス捕虜 41節
- 第30章 ベリサリオス召還 (540 年・メディア戦争のため)・北イタリアのゴート人がウライアス拒絶・イルディバドゥスを新王に推戴・ベリサリオスへの再申し出と拒否・第 6 巻終結 (戦争 5 年目終了) 30節
第7巻 ゴート戦争 III
全40章
ベリサリオス召還後・トティラの台頭 (541)・第二回ローマ陥落 (546)・ベリサリオス第二次イタリア派遣 (544–549)
- 第1章 ベリサリオス凱旋ビュザンティオン (540 年 5 月)・人格賛・財務官アレクサンドロス『はさみ』のイタリア派遣・イルディバドゥスのティキヌム蜂起・ウィタリオスのタルベシウム敗北・ウライアス殺害とウェラスによるイルディバドゥス斬首 (541 年) 49節
- 第2章 エラリクの短命統治 (541 年・5 ヶ月) ── ロギ人出身・テウデリク時代に同化した民族・トティラのコンスタンティアノス Trevizo 譲渡交渉と引き換えのゴート人によるエラリク暗殺 18節
- 第3章 ヴェロナ夜襲失敗 (541 年) ── ユスティニアヌスの叱責・コンスタンティアノス・アレクサンドロス指揮 12,000・マルキアノス計画でアルタバゼス 100 人潜入・指揮官たちの財貨争いで作戦崩壊・周壁から飛び降りで脱出 22節
- 第4章 ファエンツァの戦い (542 年春) ── トティラ 5,000・アルタバゼスの川渡渉作戦提案・指揮官の不和・トティラの 300 騎背後迂回・ワラリス vs アルタバゼス一騎打ち相討ち・ローマ人の軍崩壊 32節
- 第5章 フロレンティア包囲とムケッリス会戦 (542 年) ── トティラのフィレンツェ攻撃・ベッサス/キュプリアノス/ヨアンネス援軍・ヨアンネスのくじ引き先発・ヨアンネス『死亡』偽報告でローマ人の軍崩壊 19節
- 第6章 トティラのカエセナ・ペトラ占領・南イタリア (ルカニア・アプリア・カラブリア) 制圧・元老院議員妻への寛容・ネアポリス包囲・ローマ人の軍指揮官分裂状態・マクシミノス遅延・デメトリオス艦隊壊滅 26節
- 第7章 マクシミノスのシュラクサイ遅延・ナポリ救援艦隊嵐で壊滅 (542 年冬至頃)・トティラがデメトリオスをロープで壁に引き上げる・トティラの『ネアポリス人への寛大な演説』・三ヶ月延期協定 20節
- 第8章 トティラの寛大なナポリ占領 (543 年春) ── 飢餓回復期の節制給食・住民解放・ナポリ城壁取り壊し・親衛兵レイプ事件と王の正義の演説 (テオダトス時代の罪と神罰論) 25節
- 第9章 イタリア人の双方の軍の災難・コンスタンティアノスの皇帝への絶望書簡・トティラの『ローマ元老院への書簡』(ローマ市内に貼付) ── 皇帝のベリサリオス第二次イタリア派遣決意 22節
- 第10章 ベリサリオス第二次イタリア派遣 (544 年春) ── ウィタリオスとサロネースで 4,000 集結・ウァレンティノスのドリュス救援・ポラでの待機・トティラの偽造手紙による偵察・ティブル陥落 23節
- 第11章 ベリサリオスのラヴェンナ演説 (赦免の呼びかけ・効果なし)・ウィタリオスのボノニア戦線・イリュリア兵の脱走・ナザレスの武勇・トゥリムート/リキラス/サビニアノスのアウクシムム潜入・リキラス酔走戦死・ピサウルム占領・トティラのフィルムム/アスクルム包囲開始 (戦争 10 年目終了) 39節
- 第12章 ベリサリオスのヨアンネス・ビュザンティオン派遣 (援軍要請手紙)・トティラのフィルムム/アスクルム/スポレティウム占領・ヘロディアノスのスポレティウム降伏 (ベリサリオスとの不和)・シシフリドゥスのアシジ出撃戦死・キュプリアノス親衛兵ウリフスの反逆殺害 20節
- 第13章 トティラのローマ包囲開始 (546 年初頭)・アルタシレス/バルバティオンの出撃失敗・アエオリア諸島から海上補給遮断・プラケンティア包囲・ケテゴス反逆疑惑・ベリサリオスのラヴェンナ後悔・援軍 (ヨアンネス・イサアク・宦官ナルセスとエルリ族) 派遣・キルブディオス僭称者発見 26節
- 第14章 キルブディオス余話 (533–546)──イストロス防衛戦・スクラヴェノイ/アンタイの民族誌・スポリ族古名・偽キルブディオス僭称事件と宦官ナルセースによる露顕 36節
- 第15章 ウァレンティノスとポーカスのポルトゥス出撃 (546 春)・ベッサスの非協力・伏兵による全滅・教皇ウィギリオスの穀物船団捕獲・ウァレンティノス司教の両手切断・戦争 11 年目終了 16節
- 第16章 教皇ウィギリオスのビュザンティオン到着・プラケンティア陥落 (飢餓と人肉食)・ペラギオスのトティラへの使節──シケリア人/ローマ城壁/脱走奴隷の3拒絶事項・ペラギオスの神への委託 32節
- 第17章 ローマ大飢饉 (546)・市民のベッサス/コノンへの嘆願 (食料・解放・死を乞う)・小麦価格七金貨・牛肉五十金貨・イラクサ食・子供連れての父親のテベリス川投身自殺・市民解放と多数の死 25節
- 第18章 ベリサリオスのドリュス到着・テベリス川の橋による封鎖・ヨアンネスのカラブリア奇襲・カヌシオン占領・ウェナンティオスの子トゥッリアノス合流 (ブルッティウム・ルカニア再服属)・レキムンドゥスのスキュッラ海峡守備撃破・カプア三百伏兵で進軍頓挫・ケルバリオン無為 29節
- 第19章 ベリサリオスのテベリス川河上補給作戦・木造塔船と火攻めでオスダス焼死・橋破壊寸前──だがイサアクのポルトゥス無断出撃と捕虜化の誤報・ベリサリオス撤退・本人発熱・ルデリコス死・トティラがイサアク処刑 34節
- 第20章 ローマ陥落 (546 年 12 月 17 日)──ベッサスの穀物投機・守備兵の堕落・四人のイサウロイ人によるアシナリア門開放・トティラの入城・使徒ペトロス教会避難 (マキシモス・オレステース)・ペラギオスの嘆願・トティラの自制・ルスティキアナの保護 31節
- 第21章 トティラのゴート人への正義の演説 (547 初頭)・ローマ元老院への叱責 (テオデリコス/アタラリックへの恩知らず)・ヘロディアノス/イサウロイ人の優先・ペラギオス/テオドロス使節派遣・アナスタシオス・テオデリコス時代モデルの和平提案・ユスティニアヌス拒絶 (ベリサリオスに全権) 25節
- 第22章 ルカニアの峠戦──トゥッリアノス・アンタイ三百対ゴート/農民・トティラのローマ城壁 1/3 破壊命令・ベリサリオスの書簡 (都市美の弁護) で中止・アルゲドン駐屯・元老院議員以外をカンパニアへ・ローマ完全荒廃・南イタリア再服属・トティラのガルガノン山ハンニバル囲い地 24節
- 第23章 マルティニアノス偽脱走によるスポレティウム円形闘技場要塞奪還 (フン族オダルガン協力)・ベリサリオスのローマ視察と帰路の戦闘・ヨアンネスのタレントゥム地峡防御化・トティラのアケロンティス占領とラヴェンナ進軍 18節
- 第24章 ベリサリオスのローマ再占領 (547 年 2 月)──二十五日で城壁修復・トティラの三度の攻撃を撃退・軍旗手の戦死と金腕輪・トリボロス (撒菱) の詳説・ゴート人のトティラ批判・ティブル退却・ムルウィウス橋以外破壊・戦争 12 年目終了 34節
- 第25章 トティラのペルウシア包囲開始 (547)──ゴート人への激励演説 (ウィティギスの失策・城壁破壊戦略の正当化・ベリサリオスとヨアンネスの不和を指摘)・ペルウシア進軍 24節
- 第26章 ヨアンネスのカンパニア元老院救出大胆作戦・カプアでのゴート偵察 400 撃破・元老院議員 (多くは妻のみ) シケリアへ脱出・トティラのルカニア山越え夜襲・アルメニア人ギラキオスの言語悲劇 (アルメニア語のみで死)・ヨアンネスのドリュス逃走 28節
- 第27章 ユスティニアヌスの第二次援軍 (547)──パクリオス・セルギオス・ウェーロス (エルリ族 300)・ウァラゼス (アルメニア 800)・ウァレリアノス・ベリサリオスのシケリア出航・スキュライオン (スキュラ神話の合理化説明)・ケルキュラ島『犬の頭岬』とピシディア『狼の頭蓋』の民俗語源論 20節
- 第28章 ベリサリオスのタレントゥム志向と嵐によるクロトン漂着・ファザス/バルバティオン指揮の騎兵をルスキアネ峠 (血の岩・ラウラ) に派遣・トティラの 3000 騎兵奇襲でファザス戦死・バルバティオンのクロトン報告・ベリサリオスのシケリア・メッサナ退却 18節
- 第29章 547 年冬の三事件──スクラヴェノイのイリュリクム侵入 (エピダムノスまで)・ビュザンティオン他の地震・ナイル川氾濫 (エジプト下流農業被害)・ビュザンティオンの鯨ポルピュリオス捕獲 (50 年の脅威の終焉)・トティラのルスキアネ要塞包囲開始・戦争 13 年目終了 21節
- 第30章 ウァレリアノスのドリュス到着・アントニナのビュザンティオン渡航・テオドラ崩御 (548 年 6 月)・ルスキアネ要塞救援失敗 (嵐と海岸防御)・ローマ守備兵コノン殺害事件・ベリサリオス分裂進軍・ルスキアネ降伏 (カラザル両手陰部切断処刑)・ベリサリオス召還 (ペルシア戦争のため) 25節
- 第31章 アルタバネースのプライイクタとの結婚願望 (リビュア将軍辞退)・前妻のテオドラへの嘆願・ポンペイオスの子ヨアンネスがプライイクタを娶る・アルタバネースの憤怒・ボライデス死と遺産紛争でゲルマノス激怒 (陰謀の伏線) 18節
- 第32章 アルサケース・アルタバネースのユスティニアヌス暗殺陰謀 (548–549)──ペルサルメニア人カナランゲースの加担・ゲルマノス家への勧誘・ユスティノスの父への報告・マルケッルスとレオンティオスの盗聴による証拠固め・ベリサリオス到着待ち計画露見と全員宮殿拘禁 51節
- 第33章 548 年蛮族の西方制覇──フランク人のガリア・マッシリア占領と独自の金貨鋳造・ウェネティア掠取・ゲピデス人のシルミウム/ダキア・ロンゴバルド人のノリクム/パンノニア (ユスティニアヌス提供)・エルリ人のダキアと『フォエデラティ』として貢納搾取 14節
- 第34章 ゲピデス人とロンゴバルド人の抗争 (549)──双方からビザンツへの使節 (ロンゴバルド支持・ゲピデス糾弾)・ユスティニアヌスのロンゴバルド同盟・コンスタンティアノス/ブーゼース/アラティオス/ヨアンネス指揮の 1 万騎派遣・ピレムート指揮のエルリ 1500・アオルドゥス戦死・両蛮族の和平でビザンツ困惑 47節
- 第35章 ベリサリオスのビュザンティオン帰還 (栄光なき退陣・パンテイキオンのワイン徴の回想)・ペルウシア陥落・ウィギリオスとゴティグスのイタリア救援嘆願・ロンゴバルド王統 (ワケス→ワルダルス→アウドイン) 余話・イルディゲスのスクラヴェノイ亡命と帰還・インドゥルフのダルマティア海岸襲撃・戦争 14 年目終了 30節
- 第36章 トティラの第二次ローマ包囲 (549–550 年 1 月)──ディオゲネースの巧妙な防衛 (城内穀物栽培)・ユスティニアヌスのリベリオス派遣計画忘却・パウロス門のイサウロイ人裏切り・トティラの計略 (テベリス川夜のラッパ騙し) と門開放占領・キリキア人パウロスの 400 騎兵ハドリアヌス廟籠城・降伏交渉と帰還を選んだパウロス/ミンデース 29節
- 第37章 トティラのフランク王族娘求婚拒絶・ローマ再建と元老院議員カンパニア召還・400 戦艦準備とシケリア遠征計画・ステファノス和平使節拒絶・ケントゥムケッラエ攻撃 (ディオゲネース・条件付き協定)・レギオン (トゥリムート/ヒメリオス) 包囲・タレントゥム/アリミヌム陥落・ゲルマノス総司令官任命と取消し・ウェーロスのラヴェンナでの戦死 28節
- 第38章 550 年スクラヴェノイ 3000 のバルカン侵入──イストロス渡河・ヘブロス渡河と分軍・アスバドゥス (ツルッルム駐屯カンディダティ) 殲滅と皮剥ぎ焼殺・トピロス都市の伏兵詐術陥落 (男子 1.5 万人虐殺)・杭刺し処刑などスラヴ蛮族残虐法の詳述 23節
- 第39章 ゴート人のレギオン要塞攻撃 (トゥリムート抗戦)・トティラのシケリア渡海とメッサナ攻撃 (ドメンティオロス迎撃)・レギオン降伏・リベリオス艦隊派遣と取消し・アルタバネース赦免・ゲルマノス総司令官任命とマタスンタ (アマラスンタ娘・テオデリコス孫) との政略結婚・南北蛮族からも軍集まる・戦争 15 年目終了 29節
- 第40章 ゲルマノスのサルディケ集結とスクラヴェノイ大侵入・テッサロニケ脅威・ゲルマノス急死・ヨアンネス/ユスティニアノス継承・リベリオスのシュラクサイ突入・アルタバネースの嵐とメリテ漂着・スピノスの謀略によるトティラのシケリア撤退 (リグリア対峙)・スクラヴェノイ再来とアドリアノポリス大敗・長城まで侵略・追撃で戦利品回復 45節
第8巻 諸戦の続編 (550–553)
全35章
ラジカ戦争続編・ガラマンテス遠征・ナルセスのイタリア再征服 (タギナイの戦い 552)・トティラ戦死・モンス・ラクタリウスの戦いとテイア戦死
- 第1章 プロコピオス第8巻序論──地域別から時系列複合的記述への転換・ペルシアのラジカ侵攻 (コリアネス将軍とアラニ族) ヒッピス川到達・トラペズス周辺民族論 (タザニ族・ラズ人=コルキス人の同定)・プロメテウス神話の排除と歴史対神話の方法論宣言 13節
- 第2章 黒海周辺地理誌・北アナトリア (ビテュニア・パフラゴニア・ポントゥス) からトラペズス・タザニカ山脈・ボアス/アカムプシス川・ラジカ西部 (アテーナイ村・アプサロス=アプシュルトス神話)・ペトラ要塞・スキュムニア・スアニア・メスキ・コーカサス山脈・ファシス川 (アジア/ヨーロッパ境界)・アルゴナウタイ伝説の合理化・アプシリオイ族 33節
- 第3章 カウカソス山脈の地誌・トズル/カスピアの門・アラニ族・サビロイ族 (フン系)・アマゾーン伝説の合理的解釈・アバスゴイ人 (アブハジア祖先) の去勢少年売買慣習とユスティニアヌス1世/宦官エウフラタスの禁令・キリスト教化 21節
- 第4章 カウカソスからマイオティス湖までの民族誌──ブルキ・ゼコイ・サギナエ・セバストポリス/ピテュース要塞放棄 (541 ホスローのラジカ侵攻)・フン族部族とエウリュシア・キンメリオイ=ウティグル族同定・テトラクシタイ (キリスト教ゴート族) のビュザンティオンへの司教要請 13節
- 第5章 ウティグル族・クトリグル族の起源 (キンメリオイ族の王の二人の息子)・ウティグル/クトリグル分裂・若者と雌鹿の伝説 (湖渡れることの発見)・ゴート族の南下とイストロス渡河・テオデリコスのイタリア遠征・タウリケのアルテミス神殿とイピゲネイア神話・アルメニア人の対抗説 (ケレセネ説)・ボスポロス/ケルソン/ケポイ/ファナグリス・エウクセイノス海一周の地理 33節
- 第6章 アジアとヨーロッパの境界論議──タナイス川説対ファシス川説・ヘロドトス『歴史』長文引用 (ナイル/ファシス/タナイス)・アイスキュロス『縛められたプロメテウス』・マイオティス湖とポントスの母説・ヒエロン地点・アリストテレスのエウリポス海峡死亡伝説・メッシナ海峡カリュブディス・ボスポロス海峡の二層流現象・ラジカでの海の終焉 31節
- 第7章 ホスローのラジカ熱望の戦略的理由──ペルシア将兵のラジカ撤退後の不満と暗殺未遂・ダラス占領失敗 (アナスタシオス建設の堅城)・アンティオキア破壊の戦略思想・マイオティス湖周辺蛮族と同様にラジカ経由でビュザンティオンへの陸路を求める 13節
- 第8章 ヒッピス川の戦い (550 年)──コリアネス指揮のペルシア・アラニ軍をグーバゼース率いるラズ・ローマ連合軍が撃破・ラズ騎兵の逃走と歩兵密集隊への切り替え・ペルサルメニア人アルタバネースの勇戦・コリアネスの首への流れ矢で戦死・アラニ族勇士の最後の抵抗とヨアンネス・グゼスの一撃・ペルシア軍がラジカから撤退・ペトラ駐屯軍は強化 39節
- 第9章 ダギスタイオス更迭・ベッサスのアルメニア将軍任命とラジカ派遣・ナベデスのアプシリオイ攻略 (テオドラ妃捕虜)・アバスゴイ族の反乱とローマ駐屯不満・東西二王 (オプシテス・スケパルナス) 擁立・ヨアンネス・グゼスのトラケア渓谷海路迂回作戦・アバスギア要塞陥落と全滅・オプシテスのフン族逃亡 30節
- 第10章 未訳
- 第11章 未訳
- 第12章 未訳
- 第13章 未訳
- 第14章 未訳
- 第15章 未訳
- 第16章 未訳
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